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2008年08月11日

自由

仏教豆知識23 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


自由(じゆう)

「自由(じゆう)」という言葉を辞書で調べてみると、『他からの制約や束縛を受けず、自分の意思・感情に従って行動すること』と記載されています。確かに「自由」はその通りの意味として使用されていますね。

しかし、仏教でいう「自由」は少しその意味合いが異なります。

「自由」の「由」は『そこを通って、他の場所へ行く』の意。つまり、「自由」とは『他人に頼ることなく、ひとりで存在すること』となります。お釈迦さまは「自らをよりどころとし、他のものをよりどころとせずにあれ」と、説いています。

COOビックリマーク


「言論の自由」など、個人の自由が主張される時代ですが、自由を主張するには自己責任が伴います。自由だから何を言っても良い、何を書いても良いわけではなく、そこには「社会秩序を乱すことなく」という言葉が隠されています。

自らにもとづく自由とは結構難しいものです。



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Posted by 永田や COO at 20:48Comments(7)TrackBack(0)言葉編

2008年07月16日

醍醐味

仏教豆知識22 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


醍醐味(だいごみ)

「映画の醍醐味」「ゴルフの醍醐味」「食べ歩きの醍醐味」などなど。「醍醐味」とは『その物事を深く経験して得られる他の何ものにも代えることのできないよさ』のことを言います。

ゴルフ


「涅槃経」に、『我と無我(悟り)の関係は、乳から醍醐が熟成精製されるのと同様である。』という記述があります。

牛乳を精製していくとその味は乳味(にゅうみ)→酪味(らくみ)→生酥味(しょうそみ)→熟酥味(じゅくそみ)と、しだいに美味なものに変化をし、最後に最高の醍醐味になるとされています。


乳から醍醐が生じるように、悟りにも経るべき道筋があると仏教では教えています。つまり。。。100以上も叩くCOOが「ゴルフの醍醐味」を語るなんぞ、100万年も早いということです!
COO笑い顔




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Posted by 永田や COO at 08:39Comments(6)TrackBack(0)言葉編

2008年07月09日

堪能

仏教豆知識21 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


堪能(たんのう)

「美味しいものを堪能した。」「あの人は語学に堪能な人。」など、「学芸に優れている」「十分満足する」という意味で、「堪能」は日常的に使われる言葉のひとつです。しかしこの「堪能」も仏教用語のひとつで、「カンノウ」と発音し、そしてその意味は文字通り「堪える能力」のことを指します。

中国隋代の高僧・智顗(ちぎ)は、「魔訶止観(まかしかん)」に「勝れたる堪能を得る。名づけて力となす」と記しています。

何事もその道を習熟するには堪能(かんのう)が必要であり、そこから得られた結果もまた堪能(たんのう)である、というわけです。

COOビックリマーク



堪える力がなくては学んだり目標を達成することは何ひとつできないでしょう。困難に堪えるからこそ、その結果手にするものには何ものにも代え難い価値があるのではないでしょうか。



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Posted by 永田や COO at 10:10Comments(6)TrackBack(0)言葉編

2008年06月20日

一期一会

仏教豆知識20 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


一期一会(いちごいちえ)

誰でも知っているこの「一期一会」という言葉は江戸時代、井伊直弼が「お互いにもう会うことはないとしても、茶席では主人と客人はお互いに誠意をもって接するべき」と説いたことから広まりました。

「一期」とはひとの一生、「一会」とは唯一ただ一度の出会いのこと。「一期一会」とはひととの一度きりの出会いも大切にしようという意味です。

たびたび顔を合わせる相手であっても、今日の打ち合わせ、今日のデート、今日の出会いは二度と同じ時間を持つことはできない、人生でたった一度きりの大切で貴重な時間なのです。

ひとは一生涯のうちにいったい何人のひとと出会うことができるのでしょう。そのかけがえのない出会いを大切に、二度と来ない人生のひとときを共に過ごしながら「素敵な出会いだった」「とても楽しい時間だった」と思えることができたら、こんなに素晴らしいことはないと思いませんか。

COOハートマーク

自分はこのブログを通じて出会うことのできた皆さんとも、そんな有意義なひとときを過ごすことができたらこの上なく嬉しく思います。



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Posted by 永田や COO at 08:53Comments(11)TrackBack(0)言葉編

2008年06月15日

悪口

仏教豆知識19 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


悪口(あっく)

「悪口」と書いて「あっく」と読みます。「悪口」は仏教において行なってはならない十の悪業(十悪)のひとつ。十悪とは身・口・意から生じる十の汚れのことを指し、身・口・意を三毒と呼びます。

三毒のひとつ、口の汚れには「妄語・もうご」(嘘)、「綺語・きご」(真実ではない、飾り立てた言葉)、「両舌・りょうぜつ」(相手によって違ったことをいう、いわゆる二枚舌のこと)、そして「悪口・あっく」(他人は卑下し、傷つけるような言葉)の四悪業があります。


他人の誹謗、中傷は自らの人間性を低めてしまうだけでなく、昔から「口はわざわいのもと」と言われたように、ちょっとした「悪口」が災いして大変な結果を招きかねません。それが因果応報というものです。



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Posted by 永田や COO at 09:10Comments(9)TrackBack(0)言葉編

2008年05月28日

往生(おうじょう)

仏教豆知識18 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


往生(おうじょう)

「往生」は色々な使われ方をされている仏教語のひとつです。たとえば「電車が雪で立ち往生した。」とか「往生際が悪い!」など、あまり良い意味では使用されておりませんが、本来の「往生」の意味はどんな意味があるのでしょう。

COOハテナバージョン


「往生」を辞書で調べてみると、次のような意味が載っています。

1.極楽に生まれること。
2.死ぬこと。
3.あきらめて、じたばたしないこと。
4.処置に困ること。閉口。

もともと「往生」とは1番の現世を去って仏の世界である極楽浄土に生まれること。つまり輪廻転生(りんねてんしょう)することを意味します。

本来はとてもありがたいことなのですが、死ななければ極楽浄土へ行くことはできません。そんな理由から2番の死ぬことそのものも「往生」の意味として使われるようになりました。更に、あきらめること、閉口することと、意味は次第に広義へと移っていったようです。

時が流れるにつれ、言葉の意味もどんどん変わっていくんですね!



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Posted by 永田や COO at 10:10Comments(6)TrackBack(0)言葉編

2008年05月03日

おかげさま

仏教豆知識17 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


お陰様(おかげさま)

「お陰様です!」。自分もとてもよく使う言葉のひとつですが、皆さまも感謝の気持ちを伝える言葉として日常的に口にしているのではないでしょうか。そもそも「お陰様」の「お陰」は、神仏の助けや加護のことを指しています。

おかげさま


「東方を拝むときは父母に感謝し、南方を拝むときは師に感謝し、西方は家族に、北方は友人に、上方は沙門(しゃもん)に、下方は目下のもののご苦労に感謝せよ。」と、教えを説いたのはお釈迦さまです。

万物は相互に関係しあい、たくさんの支えを受けながら我々は生かされてます。永田や仏壇店の「陰影礼讃」にはまさしくその教えを凝縮した意味合いが含まれています。


「お陰様」。本当に良い言葉ですね。

短足ハートバージョン




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Posted by 永田や COO at 09:51Comments(3)TrackBack(0)言葉編

2008年04月20日

油断

仏教豆知識16 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


油断(ゆだん)

「油断大敵」など、「油断」と言う言葉は日常的によく使われますね。「油断」の意味を辞書で調べると、「気をゆるして、必要な注意を怠ること」と、記載されておりました。では、何故この「油を断つ」がそんな意味になったのでしょう?

油断


昔々、ある王が家臣に油を入れた鉢を持たせて人通りの多い道を歩かせ、「もし油を一滴でもこぼしたら、命を断つ!」と、その家臣に言い渡したと、「涅槃経」と言う経本に書かれています。

一瞬の気の緩みから「油」が原因で命を「断たれる」と言う意味からそれを「油断」と呼んだことに由来しているのです。つまり、「油を断つ」のではなく、「油が原因で命が断たれる」だったのですね!

油をこぼしたくらいで命を断たれたら一生後悔しそうです。油断大敵!油断しないように慎重に慎重に! (^^;)



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Posted by 永田や COO at 18:34Comments(0)TrackBack(0)言葉編

2008年04月05日

退屈

仏教豆知識15 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


退屈(たいくつ)

「退屈」とは、やることがなくて時間をもてあまし、その状況に嫌気がさしている様子。また、行なっていることについて関心を失い、飽きている様子。そしてその感情のことを言います。

退屈


しかし「退屈」はもともと仏教語で、文字通り仏道修行から退き、屈することを言います。やることがなくて時間をもてあますのではなく、やらなければならないことが大きすぎるため、その苦しさや難しさに屈してこころが退き、努力するこころを失うことを意味していました。

目指すべきものが大きければ大きいほど、その苦しさや難しさに立ち向かい努力しようとする強靭なこころを身に付けたいものですね!


小坊主さんとさよちゃん


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Posted by 永田や COO at 10:10Comments(2)TrackBack(0)言葉編

2008年04月01日

愚痴

仏教豆知識14 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


愚痴(ぐち)

「俺の部下は働きが悪い!」とか、「俺の上司は理解がない!」など、口に出してもしかたのないことなのについついこぼしてしまう愚痴。しかし仏教でいう「愚痴」は、「仏の智慧に暗い」という根本的無知のことを言います。

「愚痴」は108種の煩悩のなかでもとくに強力なものとされている三毒のひとつに位置づけられています。三毒とは「貪欲(とんよく)」(むさぼり欲しがるこころ)、「瞋恚(しんに)」(いかり腹立つこころ)、そして「愚痴」(真理に対する無知のこころ)です。

「愚痴」は目先のものにとらわれ、そのものの本質を理解する能力のない愚かなこころを指しています。ですから「愚痴」をこぼしすぎて自分のそんなこころの一面を他人にさらけださないように!

釈迦は「人間が苦悩する原因は、こころをおおう煩悩にある」と説いています。自分もいつまでたっても色んな煩悩を消し去ることができません。まあ、人間ですから当たり前なのですが。だからこそ毎日が勉強です!


小坊主さんとさよちゃん


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Posted by 永田や COO at 11:56Comments(7)TrackBack(0)言葉編

2008年03月23日

我慢我慢!

仏教豆知識13 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


我慢(がまん)

言葉と言うのは長く使われているうちにその意味が変化してしまうことが多々あるようです。その中のひとつで「我慢」という言葉があります。「我慢」は一般的に良い意味で用いられます。「我慢」をすることは美徳とさえ思われています。しかし仏教でいう「我慢」は悪い意味で用いられていました。

「我慢」はサンスクリット語「mana(マーナ)」の漢訳で、自分の中心に我(が)があるとの考えから、「我をたのんで自らを高くし、他をあなどること」と説明しています。仏教ではそのようなおごりたかぶる7つのこころを「七慢(しちまん)」と呼んでいます。




七慢(しちまん)

高慢(こうまん)
他と比較しておごり高ぶること。自分の方が上だと思うこと。

過慢(かまん)
自分と同等のものに対して自分の方が上だと思うこと。

慢過慢(まんかまん)
自分より優れたものに対し、同等、またそれ以上だと思い誤ること。

我慢(がまん)
自分の考えに執着し、考えが変わらないと思い上がること。

増上慢(じょうぞうまん)
悟りの域に達していないのにすでに悟った、極意を得たと自惚れること。

卑慢(ひまん)
はるかに優れたものに対し、自分は少ししか劣っていないと思うこと。

邪慢(じゃまん)
間違った行いをしても正しいことをしたと言い張ること。徳があると思い込むこと。


このように思い上がることなく、自惚れることなく、素直に、そして謙虚に生きていきたいものですね! (^。^)/



  
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Posted by 永田や COO at 09:41Comments(0)TrackBack(0)言葉編

2008年03月22日

色即是空

仏教豆知識12 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


色即是空(しきそくぜくう)

仏教には数多くのお経があり、それぞれの宗派ごとに最も大切なお経(根本経典)が決められています。しかし、日本人に最も親しまれているお経は、特定の宗派の根本経典となっていない「般若心経(はんにゃしんぎょう)」ではないでしょうか。この「般若心経」のなかの「色即是空 空即是色」というフレーズは誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。



この「色即是空 空即是色」とは、「色はすなわれ空。空はすなわれ色」と読みくだし、この世に存在するすべてのものは因と縁によって存在しているだけで、実態ではなく無であるということ。つまり「目に見え、手でふれることができるものだけにこころをとらわれてはいけない」ということです。

欲望にこころをとらわれることなく、こころ豊かにいまこの世に存在できている自分の命を大切にし、そして感謝したいものですね。


  

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2008年03月19日

有り難い

仏教豆知識11 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


有り難い(ありがたい)

自分はよく「ありがとう」という言葉を使います。もちろんお客さまにご来店いただいたとき、お客さまがお帰りになられるとき、その他、お礼の言葉として「ありがとう」と感謝の気持ちを込めてその言葉を使います。「有り難い」も同様に感謝の気持ちを込めて使用される言葉ですね。




この「有り難い」という言葉は文字通り「有ることが難い」という意味です。仏教に「難値難遭(なんちなんそう)」という言葉がございます。これは「ひととして生まれることはとても難しく、ひとに生まれたとしても仏の教えにめぐり合うのは更に難しく、そのときは自ずと感謝の念がわきあがる」ということです。

「有り難い」という言葉にはこのような深い感情の思いが込められています。「ありがとう」は本当に良い言葉ですね。自分はこの言葉が大好きです♪


  
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Posted by 永田や COO at 19:07Comments(2)TrackBack(0)言葉編

2008年03月16日

有頂天♪

仏教豆知識10 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


有頂天(うちょうてん)

すべてが思い通りに進み得意の絶頂になっていることを「有頂天になっている」と言います。

古代インドの世界観では、天界は多くの階層から成り、下から欲界、色界、無色界があり、これを三界と言います。そのなかの最上位を「有頂天」と呼んでいます。あらゆる存在者にとって最高の境地であり、有の頂点にある天という意味から名づけられました。そこから「有頂天」とは思いあがっていることを言うようになりました。




有の最高点とはいえ悟りの境地ではありません。得意になりすぎるといつ何時転げ落ちないとも限りません。絶好調なときほど慎重に慎重に!自分も現状に満足することなく、思いあがることなく有頂天にならないように慎重に慎重に前に進み続けたいと思います!


  
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2008年03月03日

日日是好日

仏教豆知識9 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


日日是好日(にちにちこれこうじつ)

唐代の僧がある日、大勢の弟子たちに向かって「いまから15日以後の自分の心境をひとことで言ってみよ」と問いかけたところ、誰も即答できずにいるとその僧はみずから「日日是好日」と答えたと言います。



良いことがある日や悪いことがあった日、一日一日はそれぞれです。でもその一日一日は人生においてかけがいのない一日のはず。「日日是好日」とは毎日が良い日といった意味で使われがちですが、本来の意味は違います。



のんびり毎日を無事何事も無く暮らすのではなく、今この瞬間を大切にして常に新鮮な気持ちで毎日を送り、人生に手を抜かないことが「好日」をもたらすのです。どんな一日も人生においてはとても大切な瞬間。良いことばかりを望むのではなく、悪いこともすべて受け止めながら日々を送る。そこから見えてくる充実感が「日日是好日」なのです。


  
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2008年02月26日

因果因業因縁

仏教豆知識8 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


因果(いんが)

因果とは「原因と結果」のこと。仏教では善悪の行為は、過去、現在、未来の三世にわたって必ず報いを受けると教えられます。そこで原因がはっきりわからないことや、当人に自覚のない結果について「親の因果が子に報い」などというようになり、この言葉は悪い方向に多く使われるようになりました。



因業(いんごう)

因業とは報いの原因となる悪い行いのこと。因は原因、業は行為の意。「因業親爺」とか「業つくばり」というのは、がんこでひとの言うことを聞かない、そういう生まれつきもった性格をあらわしています。


因縁(いんねん)

「因」は直接の原因、「縁」は間接の原因の意。同じ原因があっても、これを助ける縁によって結果が同一ではない。「縁は異なもの妙なもの」で予測ができないこと。一切の事象はこの因縁が絡み合いその結果として起きる、というのが仏教の基本的な考え方です。


「法要のしおり」より


  

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2008年02月23日

御馳走♪

仏教豆知識7 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


御馳走(ごちそう)

「馳走」とは、駆け回ることですね。それが何故、豪華な料理を指す言葉になったのでしょう。



もともと「馳走」とは、他人のために奔走し功徳をほどこして救うことを指します。お客さまのために奔走して材料を集め、煮焚きをしてくれた労に対しての感謝の言葉、それが「ごちそうさま」になりました。お客さまのことを思い、一生懸命作った料理、それが「御馳走」なんですね!

「法要のしおり」より


  

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2008年02月22日

金輪際!

仏教豆知識6 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


金輪際(こんりんざい)

インド古代の世界観で須弥山を支えている一地層。その最下部を「金輪際」と言います。つまり「金輪際」は「大地の底」という意味の仏教語になります。




そこから転用されて「絶対に・・・ない」という意味の強調語として用いられるようになりました。どう転用されたらこんな意味になるのかはイマイチ不明ですが。 (^^;)

「金輪際、電話なんてしてこないで!」とか、これまで無意識に使用されていた方も多いのでは?あまり使われたくない言葉のひとつですね! (^^;)

「法要のしおり」より


  
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2008年01月17日

一蓮托生

仏教豆知識5 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


一蓮托生(いちれんたくしょう)

死後、極楽の同じ蓮華(れんげ)の上に一緒に生まれるという教え。

運命を他と共にする、共同責任をとるなどの意味があります。
また、言葉や文字に言い表せないことが
無言のうちにお互いの心に通じることを言います。

不正を行なったときの責任を一緒にとるというような
ネガティブなイメージのこの言葉ですが本当はこんな素敵な意味があるのです。

「法要のしおり」より


  
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2008年01月05日

図に乗る

仏教豆知識4 -仏教から出た日常語-

日常で使用している言葉の中には仏教から出たものが多くありますが
案外知られていないようです。その中からごく身近なものをシリーズで
紹介していきたいと思います。


図に乗る(ずにのる)

「あの人は図に乗っている」の「図に乗る」ことは良くないとされていますが、本来はとても重要なことでした。

日本の仏教音楽の代表的なものに「声明(しょうみょう)」があります。仏様の徳を讃え、節に乗せて経文を唱詠するもので、この「声明」の楽譜は、音符ではなく「図」で音調が示されていますが、「図」の通りにうまく声が出せれば「図に乗っている」、つまり「調子に乗っている」といわれたそうです。ですから、音調のとおりに「図に乗る」ことは素晴らしいことだったのです。

しかし、いい調子で声明を唱えていて、ひとりよがりになってしまう人も出てきます。そこから、うまくいくことにいい気になったり、つけあがったりすることを指すようになり、現在のように「図に乗る」のは悪いこととされてしまったようです。

己を奮い立たせる意味でも「図に乗る」ことが必要な場合もありますが、それでは有頂天になってしまうことは好ましくないということでしょう。やはりすべてがうまく行っているときほど、心して進むことが一番であるのかもしれません。

「なごみ」より


  
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